はじめに
交通事故の裁判で判決を得た、あるいは示談や調停が成立したにもかかわらず、加害者が賠償金を支払わないというご相談は少なくありません。「せっかく解決したのにお金が入ってこない」という状況は、被害者にとって大きな不安になります。この記事では、加害者が任意に支払わない場合に検討できる「財産開示手続」を中心に、関連する法的な対応方法を解説します。
手続きにかかる弁護士費用の考え方や、慰謝料・賠償金の算定方法についても、あわせてご確認いただくと今後の見通しを立てやすくなります。弁護士費用について・慰謝料・賠償金
判決や示談が成立しても賠償金が支払われない場合に検討できる制度
賠償金の支払いを確保するための制度は一つではなく、状況に応じて使い分ける必要があります。代表的な4つのケースに分けて説明します。
ケース1:判決や公正証書があるのに加害者が任意に支払わない場合
確定判決・和解調書・執行証書(強制執行認諾文言付きの公正証書)などの「債務名義」がすでにある場合は、加害者の財産に対して強制執行(差し押さえ)を申し立てることができます。もっとも、強制執行を行うには「どの財産を差し押さえるか」を申立人自身が特定する必要があり、加害者の預貯金口座や勤務先が分からなければ手続きを進められません。ここで検討されるのが、次のケースで説明する財産開示手続です。
ケース2:加害者の資産・勤務先が分からず差し押さえ先を特定できない場合
民事執行法197条以下に定められた「財産開示手続」を利用すると、裁判所を通じて加害者本人を呼び出し、財産の状況を陳述させることができます。あわせて、2020年施行の改正民事執行法により新設された「第三者からの情報取得手続」(民事執行法205条・206条・207条)を使えば、裁判所から金融機関や登記所、市町村などの第三者に対して情報の提供を命じてもらうことも可能です。具体的には、207条により金融機関から預貯金や上場株式等の情報を、206条により市町村や日本年金機構等から給与(勤務先)に関する情報を取得できます。ただし給与に関する情報取得は、養育費等の請求や、生命・身体の侵害による損害賠償請求権(交通事故の人身損害はこれに該当します)に限って認められている点に注意が必要です。
ケース3:財産開示手続に加害者が出頭しない・虚偽の陳述をした場合
財産開示手続は「申し立てれば必ず財産が判明する」というものではなく、加害者本人の出頭・陳述が前提になります。もっとも、令和元年の民事執行法改正により、正当な理由なく出頭しない場合や、虚偽の陳述をした場合の罰則が大幅に強化されました。現在は民事執行法213条1項5号・6号により、6か月以下の拘禁刑又は50万円以下の罰金が科されうる犯罪行為と位置づけられています。以前の「30万円以下の過料」という行政上の制裁と比べて実効性が高まっており、出頭・誠実な陳述を促す効果が期待されています。
ケース4:加害者が自己破産・個人再生をした場合
加害者が自己破産や個人再生の手続きを取った場合、通常の債務は原則として免責(支払義務の消滅)や減額の対象になります。しかし、交通事故のうち故意または重大な過失による人身傷害の損害賠償請求権については、破産法上、免責されない債権(非免責債権)として扱われる場合があります。この点は加害者側の手続きの内容や事故の態様によって判断が分かれるため、破産手続開始の通知を受け取った場合は、早めに弁護士へ相談し、債権届出や個別の対応方針を確認することが重要です。
対応を検討する前に確認しておきたいこと
財産開示手続や強制執行を検討する際は、事前に以下の情報・書類を整理しておくとスムーズです。
- 確定判決正本・和解調書・執行証書など、強制執行の基礎となる債務名義の有無
- 判決や公正証書に執行文の付与を受けているか(多くの場合、執行文の付与を受けてから申し立てます)
- 加害者の氏名・住所・勤務先など、把握できている限りの情報
- これまでの支払督促・内容証明郵便のやり取りの記録
弁護士への相談で検討できる具体的な対応
「弁護士に相談すること」自体が目的ではなく、状況に応じてどの制度を使うかを判断することが重要です。代表的な選択肢を挙げます。
財産開示手続の申立て(民事執行法197条)
債務名義を取得している債権者(被害者側)が、加害者の財産の内容を明らかにさせるために地方裁判所に申し立てる手続きです。過去3年以内に財産開示手続が実施されている場合は原則として再度の申立てが制限されるなど、要件が細かく定められているため、申立て前に要件を満たすかどうかの確認が必要です。
第三者からの情報取得手続(民事執行法205条・206条・207条)
前述のとおり、金融機関(207条)、登記所(205条・不動産情報)、市町村や日本年金機構等(206条・給与情報)に対して、裁判所を通じて情報の提供を命じてもらう手続きです。財産開示手続と組み合わせて利用されることが多く、加害者の資産状況を多角的に把握する手がかりになります。
弁護士会照会(弁護士法23条の2)
弁護士が受任事件の必要性に基づき、所属弁護士会を通じて公私の団体に照会をかけ、必要な情報の提供を求める制度です。財産開示・第三者情報取得手続とは別の手段として、勤務先の特定など事案に応じた調査に活用されることがあります。
強制執行(差し押さえ)への移行
財産開示手続や第三者からの情報取得手続で判明した預貯金・給与・不動産等の財産に対して、改めて差し押さえの申立てを行います。差し押さえが認められると、加害者の意思にかかわらず、当該財産から賠償金の回収を図ることができます。
時効・手続きの流れなど知っておきたい法的知識
強制執行や財産開示手続の検討にあたっては、時効についても押さえておく必要があります。人身損害による損害賠償請求権の消滅時効は、民法724条の2により、損害及び加害者を知った時から5年(不法行為時から20年)とされています。もっとも、確定判決や和解調書などの債務名義を得た場合、その債権の消滅時効は原則として10年に延長されます(民法169条)。判決確定後、時間が経ってから支払いが滞ったことに気づいた場合でも、この時効期間内であれば強制執行の手続きを検討できます。一般的な流れとしては、(1)債務名義の取得・執行文の付与、(2)財産開示手続または第三者からの情報取得手続の申立て、(3)判明した財産に対する差し押さえの申立て、という順序で進めることが多くなっています。
まとめ
- 判決や示談が成立しても加害者が支払わない場合、まず強制執行の要件(債務名義・執行文)を確認します
- 差し押さえ先が分からない場合は、財産開示手続(民事執行法197条以下)の申立てを検討できます
- 2020年施行の第三者からの情報取得手続(民事執行法205条・206条・207条)により、金融機関や勤務先の情報を裁判所経由で取得できる場合があります
- 財産開示手続に出頭しない・虚偽の陳述をした場合は、民事執行法213条により刑事罰の対象になり得ます
- 加害者が自己破産・個人再生をした場合でも、人身損害の賠償請求権が非免責債権として扱われる可能性があります
- 弁護士会照会(弁護士法23条の2)など、状況に応じた調査手段を組み合わせることも検討できます
- 債務名義取得後の債権は消滅時効が10年に延長されるため、あきらめずに手続きを検討する余地があります
加害者からの賠償金の回収でお困りの場合は、財産開示手続や第三者からの情報取得手続の利用可否を含め、早めに弁護士へご相談ください。関連して、そもそも加害者と連絡が取れなくなっている場合の対応は交通事故の相手と連絡が取れない場合はどうする?弁護士に相談すべき対応で解説しています。また、加害者に賠償資力がないことが判明した場合には、ご自身が加入する人身傷害保険の活用も選択肢になります。詳しくは【無保険車との事故】泣き寝入りは不要!人身傷害保険を使って「裁判基準」での増額を目指す対処法をご覧ください。
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