「相手の車と接触していないのに、避けようとして転倒しケガをした」という非接触事故は、加害者側の任意保険会社から「接触していないので責任は認められない」といった対応を受けることが少なくありません。
しかし、非接触事故における損害賠償の可否は、単純に「接触の有無」だけで決まるものではなく、最高裁判例や下級審の裁判例の積み重ねによって、一定の法的な判断枠組みが確立されています。
本記事では、非接触事故の基本的な整理については既出記事に譲り、非接触事故とは?【裁判官の視点も解説】賠償責任の有無と過失割合の深層、本記事では公刊された判例・実務書の記載に基づき、相当因果関係(運行起因性。事故と怪我との間に、法的に見て賠償を認めるだけの十分な関連性があるかという考え方です)の判断基準と過失割合の実務傾向を、判例・実務書の記載に沿って詳しく整理します。
相当因果関係(運行起因性)の判断基準-最高裁昭和47年5月30日判決
非接触事故において加害車両の運行と被害者の受傷との間に法的な因果関係(相当因果関係)が認められるかどうかについては、最高裁昭和47年5月30日判決(民集26巻4号939頁)が基本的な規範を示しています。
同判決は、「接触がないときであっても、車両の運行が被害者の予測を裏切るような常軌を逸したものであって、歩行者がこれによって危難を避けるべき方法を見失い転倒して受傷するなど、衝突にも比すべき事態によって傷害が生じた場合には、その運行と歩行者の受傷との間に相当因果関係を認めるのが相当である」と判示しました。
この規範は、次の3つの要件に整理することができます。
- ①加害車両の動静が「常軌を逸した」異常なものであること
- ②これにより被害者が「回避方法を見失う」に至ったこと
- ③結果として「衝突にも比すべき事態」に至ったこと
この判例は現在も非接触事故の因果関係判断における基本的な物差しとして実務上参照されています(出典:大島眞一『交通事故事件の実務-裁判官の視点-』新日本法規出版、2020年、27頁)。
非接触事故における過失割合の実務傾向
過失割合の一般的な決まり方については交通事故の過失割合はどうやって決まる?で解説していますが、非接触事故では、加害車の運行と事故発生の間に被害者自身の回避行動(急ブレーキやハンドル操作)が介在するため、この回避行動が適切なものであったかどうかが過失割合を判断するうえで重要な考慮要素となります(出典:小野裕樹『被害者側弁護士のための交通賠償法実務』日本評論社、2025年、585頁)。
停止車両を回避した事案の過失割合傾向
加害車両が停止していた状態での非接触事故について、以下のような裁判例が紹介されています(加害車両側の過失割合)。
- 仙台地判令和4年1月18日:加害車両側の過失70%
- 福岡地裁令和元年9月19日:同30%
- 名古屋地判令和元年6月25日:同40%
- 千葉地判令和元年6月21日:同60%
- 東京地判平成30年2月26日:同80%
- 徳島地判平成28年3月11日:同50%
- 千葉地判平成23年10月18日:同70%
加害車両が走行中であった事案としては、大阪地裁平成30年7月25日判決(過失割合30%)などが挙げられています(出典:前掲『被害者側弁護士のための交通賠償法実務』585頁、注98)。
これらの数値はあくまで個別事案における認定例であり、事故態様や証拠関係によって結論は異なりますが、非接触事故であっても加害車両側に相当程度の過失が認定される例が少なくないことがうかがえます。
自転車と左折車の非接触事故に関する裁判例
道路外へ出るために左折しようとする四輪車を避けようとした自転車が転倒した事案として、東京地判平成28年7月8日(交民49巻4号854頁)があります。
同判決では、自転車運転者が急ブレーキをかけた地点から四輪車までの距離は約3.2mであったところ、四輪車側が左後方の安全確認義務を怠って左折したことが事故の主たる原因と評価され、過失割合は自転車側5%・四輪車側95%と判断されました。
この判決を紹介する文献は、「道路外進出のための左折車と直進自転車」という類型の過失割合は別冊判例タイムズ38号には掲載されておらず、本判決が同種事案における参考例として希少である旨を指摘しています(出典:志賀晃・稲村晃伸『判例にみる自転車事故の責任と過失割合-危険運転事例を中心に-』新日本法規出版、2022年、208~210頁)。
回避行動が不要と判断された事案との対比
他方で、被害者側の回避行動が「必要でなかった」と評価され、被害者側の過失が大きく認定された裁判例も存在します。
東京地判平成31年2月22日(自保ジャーナル2045号111頁)では、交差点手前で一時停止していた被告車に対し、原告が制限速度を大幅に超過して走行し、横断歩道及びマンホールで滑走して転倒した事案について、被告車は急ブレーキをかける必要がないのに原告が自ら急ブレーキをかけて転倒したものと評価され、原告側の過失が相当程度大きいと判断されました。
このように、非接触事故における過失割合は、加害車両の動静に異常性・急変があったかどうか、被害者の回避行動が客観的に見て相当なものであったかどうかによって、結論が大きく分かれる点に注意が必要です。
事実認定における「動かしがたい事実」との整合性
非接触事故に限らず、事故態様に争いがある場合の事実認定手法として、当事者等の供述の信用性は「動かしがたい事実との整合性」によって判断するのが基本とされています(出典:園部厚『簡裁交通損害賠償訴訟実務マニュアル』青林書院、2018年、184~185頁)。
ここでいう「動かしがたい事実」とは、次のようなものを指すとされています。
- 当事者双方の主張が一致する事実
- 当事者双方の陳述及び供述が一致する事実
- 成立の真正が認められる信用性の高い証拠(実況見分調書、写真、図面等)に基づき容易に認められる事実
- 当事者が自認する自己に不利益な事実
実務上は、物損状況・道路状況等の客観的事実を信用性の高い書証によって先に確定し、これと当事者供述との整合性を検討するという手法が、事故態様認定の基本的なアプローチとして説明されています。
非接触事故では接触の痕跡という物的証拠が存在しないことが多いため、警察が事故現場の状況を記録した書面である実況見分調書の記載や現場の客観的状況が、事実認定において一層重要な意味を持つといえます。
弁護士への相談で検討できる具体的な対応
非接触事故は、接触事故と比べて事実関係の立証が難しく、相手方保険会社との交渉が難航しやすい類型です。
弁護士会照会(弁護士法23条の2)による資料収集
実況見分調書の内容確認や、事故に関連する記録の照会が必要な場合、弁護士法23条の2に基づく弁護士会照会を活用できる場合があります。
交通事故紛争処理センター等のADR(裁判外紛争解決手続)の利用
保険会社との交渉で過失割合や因果関係の有無について折り合いがつかない場合、交通事故紛争処理センターなどのADR(裁判外紛争解決手続)を利用し、中立的な立場の相談員・審査員を交えて協議する方法があります。
訴訟における主張立証の構成
ADRでも解決しない場合は訴訟に移行し、最高裁昭和47年判決の規範や本記事で紹介した各裁判例を踏まえた主張立証を行うことが考えられます。
訴訟基準(裁判基準・弁護士基準ともいわれます)が適用される場面では、示談交渉時とは異なる算定方法により、損害額の見直しが検討されるケースもあります。
まとめ
- 非接触事故における相当因果関係の有無は、最高裁昭和47年5月30日判決の規範(動静の異常性・回避方法の喪失・衝突にも比すべき事態)に照らして判断される
- 過失割合は、加害車両が停止中か走行中か、動静に異常性・急変があったかなど、事故態様によって裁判例上の傾向が異なる
- 自転車と左折車の非接触事故について、過失割合を自転車5%・四輪車95%と判断した裁判例(東京地判平成28年7月8日)も存在する
- 他方で、被害者側の回避行動が不要と評価され、被害者側の過失が大きく認定される裁判例(東京地判平成31年2月22日)もある
- 事実認定では、実況見分調書等の客観的な「動かしがたい事実」との整合性が供述の信用性判断の基本とされている
- 非接触事故は立証が難しい類型であるため、弁護士会照会・ADR・訴訟提起等の具体的な手段を検討することが望ましい
交通事故に関するお役立ち情報
実際の解決事例
過失割合が争点となった実際の解決事例もご紹介します。
→直進走行車と路外施設からの進出車との衝突事故で、過失割合を有利に修正させることができた事例